2015年3月4日水曜日

目が覚めました

Goedが吐いた、土曜日のマクドナルドで。
理由は、胃腸炎とかじゃなくて、「早く食べなさい」と言われ過ぎたプレッシャーから。

ものすごいプレッシャーだったんだと思う。
ごめん、Goed、私目が覚めたんだ、でもあの瞬間ではなかった。
そんな駄目母ぶりを忘れないようにお恥ずかしながら、備忘録。
Goed3歳8ヶ月。


救急車を呼ぶべきかってくらい、私には呼吸困難に一瞬見えた水曜日の夜遅く。
呼ばなかったのは、パニックになっている私にGoedが、
「ちょっと、おちつこう」
ってアドバイスしてくれて、そして彼が眠り着くことができたから。
大事に至ることはなく、"喉頭炎"だった。


ずっと、熱とケンケン音のする咳で自宅療養で、症状も納まり始めたことだし、気分転換にストライダーのヘルメットを、ムラサキスポーツに見に行くかと、みなとみらいへ。
Satocchiも、回復傾向ではあるけれどアデノウィルスが抜け切らず、体調はよろしくなかったから、すぐ帰ってくる予定。

でもお昼時。
何か食べて行こうってSatocchiが気を遣ってくれたのね、誰にでもない、私にね。
だって、GoedとSatocchiは、いうほどの空腹感はなかったっぽい。
それなのに、「マックでいいよ」だなんて私、金額に気を遣ったつもりでも、病み上がりの二人に気を遣えてなかったんだ。
ハッピーセット欲しさに、Goedは喜ぶに決まってる。

きっとそんなにお腹空いてなかったのかもしれないね。
いつもならハッピーセット食べるの、30分位で食べ終わるのに、この日は全然進まない。
ただ、全部食べる気は満々。

苛立つ両親。
家でも毎食のように、「早く食べなさい」は日常茶飯事。
でも、今日は堪忍袋の緒が切れる音がする、「プチッ」。

プレゼントの買い物があったから、私だけ席を立って、買い物をして戻ってきた。
まだ半分も食べてない。
今度はSatocchiがトイレに行った、戻ってきた、進んでない。
早く食べなさいと怒られながらも、本人いたって呑気。

1時間程経過。
「早く食べなさい」は、「残していいからもう行こう」に変わり、「残すのがいやなら持って帰ろうよ」に変わり、Goed、泣く。
「ここで、ぜんぶ、たべたいーっ」

その間、隣に座っていた同い年くらいの娘さんを持つ女性のことが気にはなりつつも、叱ってる私。
「これじゃ、幼稚園に行けないわ」
「さっきまでGoedのまわりにいたお客さん、みんな食べ終わって帰っちゃった、うちだけだよ」
「もうそろそろマクドナルドのお姉さんが、早く帰って下さいって言いに来るよ」
今、正直に書いて、自分の発した恐ろしいプレッシャーに、すごく自己嫌悪。

泣き始めたGoedが、吐いた。
臭いも音もなくさりげなく、次から次へと吐き、
「Goed、だいじょうぶだから」
「ごめんなさい」
こんな健気な言葉を、言っては吐いて言っては吐いて…。
書きながら、更に自己嫌悪。

普段から、必要な時には言ってくれず、自主的に言う時は不必要なまでに連発する「ごめんなさい」。
段々耳についてきてしまうのだった。
この時も、連発する嘔吐を処理しながら、連発する「ごめんなさい」を聞いていたらイライラしてしまって、
「うるさい」
とまで言ってしまった。

隣にいたお母さんが、大きなウェットティッシュをどうぞと差し出してくれたけど、こちら手が汚くて、
「ありがとうございます、大丈夫ですから」
どんな母親に見られているか心のどこかで気にしていたから、精一杯ニッコリして取り繕うとする自分にも、自己嫌悪。

一緒にいたSatocchiとの連携で、除菌シートを使って速やかに完璧に処理をしたつもり、帰ろうとしていたお母さんに「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と道徳的な人間ぶって謝り、胃腸炎の場合も考えて、店員さんに説明をし、店を出た。

トイレに行って、服の着替えと手洗いを、まだなぜかイライラしながら、済ます。

イライラが、無意味になかなか収まらない時、たまにある。
そんなとき、Satocchiは、私に意見しない。
火に油だと思っているのだと思う。
だから自分で気づき、自分で反省をしたらその後、Satocchiに報告する。
今回も、「うん」って、呑み込んでくれた。

妊娠中だったかGoedが新生児の頃だったか、近所のダイエーで見かけた親子のことを思い出した。
泣きながら何回も何回も「ごめんなさい」と大声で叫んでいる女の子。
「うるせーんだよ、次にごめんなさい言ったら、車の中でどうなるかわかってんだろーな」と怒るお母さん。
それでも女の子はごめんなさいを、やめない。
女の子を案じたし、なんてひどい母親だとも思った。
でも、今なら、そのお母さんの苛立ちがわかってしまう自分が、いる。

日々の積み重ねで、母子ともども、負のスパイラルに陥っていたんだよね、きっと。
私もだ。
ベクトルを上に向けるには、私が、気持ちの持ち方を変えるしかないんだと、気付いた。
「ちょっと、おちつこう」
なんでこの子がごめんなさいを連発するのかを、想像してみよう。
それは、この子の精一杯の謝罪の仕方、お母さんに機嫌を直してもらいたいから、怒られても怒られても一生懸命に続ける、それしかできないから。
それが想像できたなら、お互いに落ち着きを取り戻すのは、論理的な説明なんかじゃない、抱きしめるコト、かな。

桜木町の駅に向かいながら、自己嫌悪になるまでに反省をし、Satocchiに報告し、Goedを抱き上げた。


先日読んだ絵本を思い出し、もう1回読んだ、心に沁みた。
『まっててね』
シャーロット・ゾロトウ 文
エリック・ブレグヴァド 絵
みらいなな 訳


かなり歳の離れた、結婚したお姉さんが泊まりに来て帰って行った。
お姉さんは、すてき。
シャワーを浴びた後は水浸しになってないし、優雅な物腰、おしゃべりが上手、憧れちゃう。



かあさん、わたしもあそびにきてもいい?
いつかねえさんみたいになって。

つぎからつぎへとスカーフをだしたりしないのよ。
ふとんにマーカーつけちゃったり、
うえきばちをけっとばしたりもしない。


あめのひはくつをマットでちゃんとふいて、
かさとレインコートから、しずくがぽたぽたたれないようにきをつけるの。

だからまっててね。
いろんなことができるひとになって、かあさんにあいにくるわ。




なんてうれしいんでしょう。
あなたがいるってことだけで、かあさんしあわせなのに!!

Goedと女の子が重なった。
私はこのお母さんには程遠いと思った。

いろんなヤンチャをして、失敗して、壊して、akkoさんの思い通りになんかしなくって、そんでもって逆切れしたり悔しくてグズグズしたり。
そんなGoedだけど、心と頭は、その都度学習しているんだろうな。
「何度もおんなじことして!! 何度言ったらわかるの!!」
このセリフは日常茶飯事だけれども。

「まっててね」って、きっとGoedも、思っているのかな。
だから、オムツが外れた時は、あんなにもうれしそうで、会う人会う人に自慢してたんだもんね。
だから、Karinとけんかしないで遊べた時、Karinが帰った後に、「きょうはKarinとけんかしなかったね、あ、ちょっとしちゃったか…」って言うだもんね。
だから、30分でごはんを食べれた時は、やっぱり会う人会う人に唐突に、「きょうごはん、30ぷんでたべれたんだよ」って、うれしそうに誇らしげに言うだもんね。

「まってるね」
頼りになる社会性と、クリエイティブでエネルギッシュな個性が育っていくのを。

「まっててね」
私も、一緒に育っていって、Goedの良きパートナーになるからね。

目が覚めました。
Goedにはもう、プレッシャーを感じる"心"があるってことを忘れちゃいけない。

それから。
病み上がりにマクドナルドは、やめよ。


0 件のコメント:

コメントを投稿